大阪高等裁判所 昭和59年(行コ)20号 判決 1985年7月05日
控訴人(原告) 大石良三
被控訴人(被告) 奈良税務署長
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 控訴の趣旨
原判決を取り消す。
訴外東山税務署長が、昭和五四年七月二三日付でした控訴人の昭和五二年分所得税の更正処分及び過少申告加算税賦課決定処分(異議決定により一部取り消された後のもの)のうち、分離長期譲渡所得金額六七〇万七四八七円を超える部分及び過少申告加算税賦課決定処分の全部を取り消す。
訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
二 控訴の趣旨に対する答弁
主文同旨
第二当事者の主張
当事者双方の主張は次のとおり附加するほか原判決事実摘示と同一であるからこれを引用する。
一 控訴人
1 本件求償権の行使が可能か否かは大石天狗堂の財政状態・安全性を検討することによつて自ら結論づけることができる。安全性がなければ求償権の行使は不可能といつてよい。企業の安全性は自己資本比率・負債比率・借入金月商倍率を検討するだけでおよその判断ができる。
そこで大石天狗堂の自己資本比率等を昭和五二年四月一日から昭和五八年三月三一日までの六期にわたる事業年度の決算報告書に基づいて算出すると、別表7のとおりであり、本件求償権を長期借入金として処理した場合大石天狗堂は到底その存続を許されるものではない。そして控訴人の本件求償権及び前田正文の求償権合計約三六〇〇万円を大石天狗堂の債務として計上した場合、約三〇〇〇万円以上の債務超過となり、決算書を見ただけでどんな金融機関も取引先も大石天狗堂を相手にしなくなり、結局破産という結果となることだけは確実である。
2 別表7は、決算報告書に基づき大石天狗堂の昭和五二年四月一日から昭和五五年三月三一日までの事業年度において長期貸付金一〇八二万九九九二円が固定資産として存在することを前提としたものであるところ、実際には大石天狗堂が貸付先の訴外山城商店に対し、右貸付金の権利行使を怠つたため、遅くとも昭和五二年五月には時効により消滅し、右事業年度の長期貸付金は一〇〇〇円でしかなかつた。したがつて、右時効消滅した長期貸付金を決算報告書の資産より控除して大石天狗堂の安全性等比率表を作成すると別表8のとおりとなる。同表によると大石天狗堂の自己資本はマイナスとなり自己資本比率・負債比率も憂慮すべき数字を示している。
3 大石天狗堂の和議債務(届出債権額八七四五万九七四六円)の弁済資金は借入金(控訴人と前田正文―以下控訴人らという―から二五一九万三四六七円、京都中央信用金庫十条支店から三〇〇〇万円、国民金融公庫から約一〇〇〇万円)と棚卸資産を必要最少限度まで順次売却処分して得た約四四〇〇万円によつてなされた。なお大石天狗堂は右和議債務の外、担保権を有する債権者に対し約三四〇〇万円弱を返済している。
二 被控訴人
1 控訴人主張の「安全性等比率」に妥当性があるとすれば、和議決定のあつた昭和五三年一月二三日を含む同年三月三一日事業年度期における「安全性等比率」(別表7の最上段の比率)は和議決定当時既に大石天狗堂の安全性が損われていたことを示していることとなり、届出債権額の元本全額を分割弁済する条件で和議認可決定がなされること自体あり得ないこととなる。さらにその後の五年間にわたる各事業年度の「安全性等比率」によれば、和議条件の完全履行などさらにあり得るはずがないのである。
ところが、事実は届出債権額の元本全額を分割弁済する条件で和議認可決定がなされ、大石天狗堂は和議認可決定のあつた昭和五三年一月二三日から昭和五八年四月三〇日までに届出債権額の総額八七三九万一六六四円の元本額全額を分割弁済したのである。そして大石天狗堂はその返済資金を外部、即ち控訴人らから二五一九万三四六七円、京都中央信用金庫十条支店から二七〇〇万円を調達した(別表4参照)ほか、残る三五一九万八一九七円については他に外部から調達した事実は認められないから、大石天狗堂が内部調達したもの、即ち和議認可決定後の経営努力によつて得た資金である。
これらの事実等に照らせば、控訴人の主張する「安全性等比率」に妥当性がなく、控訴人の主張は失当である。
2 また本件求償権は控訴人らが既に任意に放棄したものであり、たとえ放棄していなくても、その支払を猶予し得たものであるから(甲第四号証六枚目)、控訴人主張のようにこれを含めて「安全性等比率」を計算しなければならない理由はない。
3 控訴人が訴外山城商店に対する一〇八二万八九九二円の貸付金が時効により消滅したことを知り得たのは昭和五五年四月一日以降(甲第一〇、一一号証)のことであつて、本件求償権を放棄した時点ではそもそも判断材料になり得なかつたはずのものである。しかも債権の時効消滅自体、大石天狗堂の専務で有限責任社員である控訴人が、同社の有する債権の取り立て、その他の管理義務を怠つて時効の中断措置等の方策をとらなかつたことによるものであり、本件求償権行使不能の根拠とはなり得ないものである。
第三証拠<省略>
理由
一 本件唯一の争点は、控訴人がした本件求償権の放棄が、所得税法六四条二項にいう「求償権の全部又は一部を行使することができないこととなつたとき」に該当するかどうかであり、その他の控訴人の昭和五二年分の所得金額の計算は、当事者間に争いがない。
二 さて所得税法六四条二項にいう「求償権の行使をすることができないこととなつたとき」とは、求償権行使の相手方である主債務者が倒産して事業を廃止してしまつたり、事業回復の目処がたたず破産もしくは私的整理に委ねざるを得ない場合はもちろんのこと、主債務者の債務超過の状態が相当期間継続し、衰微した事業を再建する見通しがないこと、その他これに準ずる事情が生じ、求償権の行使、即ち債権の回収の見込みのないことが確実となつた場合をいうものと解すべきである。
成立に争いのない甲第四号証、第一四号証、乙第一号証、第八号証によれば、控訴人は主たる債務者大石天狗堂に対し、昭和五三年三月一三日本件求償権一八〇二万四七一三円を放棄したことが認められ、同日よりも前に右放棄をした旨の原・当審の控訴本人の供述は右証拠に照らし採用できず、他にこれに反する証拠はない。
右事実によれば、本件求償権の放棄により法律的には控訴人は大石天狗堂に対し本件求償権を行使できなくなつたことは明らかであるが、その場合でも主たる債務者大石天狗堂に右事業再建の見通しがないこと等の事情がなければ、所得税法六四条二項の適用はない(債権者の求償権放棄の意思表示のみで、その回収の可否を判断すべきではない)と解すべきである。
控訴人は、主たる債務者の事業の再建の見通しがある場合でも、相当期間債務超過が継続すると予想され、現況において通常予測し得る将来のある一定期間(五年を限度とする)を想定し、その期間に求償権行使が不可能と認められるときも、同条項の「求償権の行使ができないこととなつたとき」に含めるべき旨主張するが、事業再建の見通しがあれば債務超過であつても一般に利益の中から求償権に対する支払いがなされる可能性があるが、仮に事業再建の見通しがあるのに今後一定期間(五年)内に求償権を回収できないと認められる場合でも、合理的経済人がその後の回収に期待せず現在直ちにその求償権を放棄するに至るのが通例であるとは考えられないから、控訴人の右主張は採用できない。
三 よつて検討するに、当事者間に争いのない事実(原判決事実摘示第二の一(三)(四)の事実)、前記甲第四号証、乙第一号証、第八号証、成立に争いのない甲第一号証ないし第三号証、第五号証ないし第一三号証、第一六号証、第一七号証の一ないし八、第二一号証、乙第二号証ないし第七号証、当審の控訴本人尋問の結果により原本の存在及びその成立の認められる甲第二〇号証の一ないし一三、原審証人前田俊行、同今井滋の各証言、原・当審の控訴本人尋問の結果(その一部)、及び弁論の全趣旨によれば、次の事実を認めることができる。
1 大石天狗堂は昭和五年四月に設立された合資会社で「金天狗」なる商標で全国的に有名な花かるた類の製造販売及びトランプ類の販売を行うほか、昭和五〇年一一月頃からはたおり機の女児玩具「ておりプチ」を有力商品として製造し、国内販売のみでなく海外にも輸出していた。大石天狗堂は代表者無限責任社員の前田正文(控訴人の兄)及び専務で有限責任社員の控訴人を中心とする同族会社である。
2 大石天狗堂は代表社員前田正文の知り合いの四宮正雄からの懇請で融通手形を交換していたが、昭和五二年三月同人が支払を停止し、同人が決済予定の大石天狗堂振出の融通手形を同社が決落していかざるを得なくなつたことを直接の契機として資金難に陥つた。そこで大石天狗堂は同月一八日京都地方裁判所に対し和議開始の申立をし、その申立書では新製品「ておりプチ」の売上実績から将来相当の売上げが期待できるので、適当な支払猶予が得られるものなら自力により会社を再建することが可能であるとしていた。
右申立時における和議条件は、六年間で債権元本の五〇パーセントを均等に支払い、その余は免除するというものであつたが、大口債権者が債権元本全額の支払いを要求したため、大石天狗堂は同年七月一一日和議条件変更申出をして、債権元本のうち一四〇万円を和議認可決定確定の日より一か月以内に、元本残額を昭和五〇年四月三〇日限り一〇分の五に相当する額、昭和五四年より昭和五八年まで五回にわたり毎年四月三〇日限り一〇分の一に相当する額宛支払う、右支払がなされたときは利息・損害金は免除する旨和議条件を変更した。しかし大口債権者は控訴人らの本件求償権の放棄を求めたことはなかつた。なお控訴人らは、和議開始の申立により、大石天狗堂へ金銭を貸し付けていた金融機関からその連帯保証人となつていた控訴人らに保証債務の履行を要求されたので、本件不動産を売却し、その譲渡代金の一部で右保証債務を履行し、本件求償債権等(前田正文の求償債権を含む、以下同じ)を取得した。
3 京都地方裁判所は昭和五二年九月三〇日和議開始決定をして和議管財人に大石天狗堂の財産に関する調査を委ねた。和議管財人は昭和五三年一月二三日の債権者集会期日において、大石天狗堂の和議開始申立の直接の原因は、融通手形の振出先が倒産したためであるが、資金事情を圧迫していた他の要因として借入金の支払利息が大きいことを指摘し、次に和議成立後の大石天狗堂の再建につき、<一>経営の合理化策として<1>九名の従業員の人員整理を実施し、人件費削減をはかつていること、<2>花札は高級品を除き下請・外注を積極的に活用し、<3>また控訴人ら経営者が本件不動産の売却代金の相当額を同社の運転資金として確保し、資金負担の軽減をする方針を出していること、<二>三年前から販売している「ておりプチ」の売上げは依然として順調な伸びをみせ、昭和五一年度の売上実績七〇〇〇万円は優にこえる勢いを示している(右商品の売上げ高は大石天狗堂の総売上げ高の約三七パーセントに該当する)ので、右有望商品により今後も相当に売上げ高を伸ばすことが期待できること、<三>大石天狗堂の役員(控訴人ら)、従業員の再建にかける熱意は非常に高く、全員一致協力して再建に努力していること等を理由にあげて、大石天狗堂の再建の可能性を強く肯定したうえ、最後に和議条件の適否に関して、<一>すでに和議条件の第一回目の支払準備が完了していること(控訴人らからの借入金)、<二>控訴人らの本件求償権等は控訴人らにおいて支払免除あるいは支払猶予して他の和議債権者に迷惑をかけないことを言明しているので、和議債務の支払資金は大巾に減ることを理由に和議条件の履行は十分に可能であり、和議条件は適当との意見を述べた。
出席和議債権者は右調査報告につき異議はなく、全員が変更後の和議条件に同意したので、同日同裁判所は右和議条件をもつてする和議を認可した。なお和議債権額は一億二五五九万三五五二円、うち届出債権額八七四五万九七四六円、無届債権額三八二〇万一八八八円(ほとんどが控訴人らの本件求償権等である)であつた。
4 控訴人は昭和五二年度の税金の申告時期が近づいた昭和五三年三月一三日本件求償権を放棄したが、右放棄は顧問税理士から本件求償権一八〇二万四七一三円を放棄して所得税法六四条二項の適用を受ければ節税になると勧められたからで、右放棄時に大石天狗堂に対する別途貸付金約一六六二万円については放棄していない。
5 大石天狗堂の昭和四九年三月三一日事業年度期から昭和五二年三月三一日事業年度期までの決算報告書によれば、同社は債務超過の状態にはなかつた。昭和五三年三月三一日事業年度期の決算報告書によれば、控訴人らの本件求償権等三六〇四万九四二七円の放棄によつて辛じて債務超過の状況を免れたが、本件求償権の放棄がなければ約三〇〇〇万円の債務超過であつた。
また大石天狗堂は、同業者山城商店に対し一〇八二万八九九二円の債権を有するものとして長期貸付金に計上していたが、右債権の権利行使を怠つていたため不動産の担保権設定登記の抹消登記手続請求訴訟(京都地方裁判所昭和五四年(ワ)第一二一九号事件)において、右債権の消滅時効が援用され、右債権(被担保債権)が遅くとも昭和五二年五月に時効消滅したことを理由に、昭和五六年三月二四日大石天狗堂は敗訴の判決を受けた。
そこで、大石天狗堂は昭和五六年三月三一日事業年度期の決算報告書において右債権消滅により長期貸付金は一〇〇〇円とした。
したがつて、山城商店に対する貸付金約一〇八二万円は昭和五三年三月三一日事業年度期においてすでに時効消滅していたので、この点を考慮すれば、控訴人主張のとおり債務超過額は右債権額だけ増えることになる。
6 大石天狗堂は昭和五八年四月三〇日までに届出和議債権の総額八七三九万一六六四円の元本額全額を弁済し、前記和議条件を履行した。右債務の弁済資金は控訴人らから約二五〇〇万円、京都中央信用金庫十条支店から三〇〇〇万円、国民金融公庫から五〇〇万円を借り入れてこれに充てたほか、棚卸資産(在庫)を約四四〇〇万円を順次売却処分して経営努力によりこれを捻出した(同社は棚卸商品が多かつた。)。なおその頃までに大石天狗堂は右和議債務の外、担保権を有する債権者に対し約三四〇〇万円弱を返済した。
そして右借入金も別表4のとおり減少し、控訴人らからの借入金も元本の一部のみならず利息の一部も支払われた。
和議認可後の大石天狗堂の損益状況は別表3及び6のとおりで、昭和五六年三月三一日事業年度期に約七五〇万円の利益を計上したが、その余は一〇〇万ないし三〇〇万円程度の損失となつている。
以上の事実を認めることができ、右認定に反する原・当審の控訴人の供述は前掲証拠に照らし採用できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。
四 以上の事実によれば、控訴人が本件求償権を放棄した昭和五三年三月一三日当時は、大石天狗堂の和議認可決定の直後であつて、同社は和議債務の元本全額の支払猶予を得て事業再建の可能性があつたと解するのが相当である。即ち<一>控訴人ら経営者、和議債権者、和議管財人らも同じ判断で和議を成立させたとみられること、<二>大石天狗堂が和議開始の申立をするに至つたのは融通手形の振出先が倒産し、一時的突発的に多数の資金を必要としたためであつて、従前の経営不振が直接の原因でないこと、<三>大石天狗堂は有力商品「ておりプチ」を有していたのでその売上増が期待できたし、また全国的に有名な「金天狗」という登録商標を有していたこと、<四>大石天狗堂は前年度まで債務超過の状態ではなく、本件求償権放棄の事業年度において初めて債務超過となつた(その原因の一つに控訴人ら経営者の怠慢により多額の貸付金を時効により消滅させたことがある)こと、<五>本件求償権放棄後の数年間に大石天狗堂の経営に再建の見通しがなかつたといえる決定的な事情も生じていないこと等により明らかである。
五 控訴人は、本件求償権放棄当時の大石天狗堂の自己資本比率は、別表8の昭和五三年三月三一日事業年度期欄のとおり、マイナス〇・〇四二パーセント(控訴人らの本件求償債権等の放棄がなかつたと仮定した場合はマイナス〇・三三六パーセント、以下括弧内は控訴人らの本件求償権の放棄がなかつたと仮定した場合を示す)、負債比率マイナス二四八〇・二三パーセント(マイナス三九七・六〇パーセント)、借入金月商倍率二・一倍(四・六倍)であるが、企業の安全上、普通自己資本比率は二五パーセント、借入金月商倍率は一・五倍とされているが、右各比率は到底企業の存続を許す数字ではない旨主張する。
しかしながら、成立に争いのない甲第一五号証の二ないし四によれば、右比率は企業の安全性を示す比率であるが、自己資本比率が低かつたり、負債比率が不良であつても企業はなんとかやりくりして存続していくもので、安全性が薄いからといつてすぐに倒産するものではなく、経済変動に弱い(存続しているが安全ではない)というにすぎないことが認められ、また成立に争いのない甲第一五号証の五によれば、借入金月商倍率は同号証の筆者が倒産を防ぐための警戒比率として案出した比率で{借入金月商倍率=借入限度額÷年間売上高×一二、借入金限度額=支払利息負担利益÷年金利率(支払利息や割引料の年利率)}、借入金の支払利息・割引料が経営利益の四分の一以下が安全、二分の一を要注意と一般的にみるものであることが認められるが、大石天狗堂は和議債務の支払利息は和議条件により免除されるから、右比率によつて大石天狗堂の安全性を検討することは妥当でない。
したがつて、控訴人主張の安全性等比率をもつて直ちに大石天狗堂の存続不能、即ち本件求償権の行使不能を結論づけることはできない。(控訴人の主張によれば大石天狗堂の和議は成立するはずがなく、この点からも右安全性等比率は妥当性がない。)
六 以上によれば、控訴人の本件求償権の放棄は主たる債務者の事業再建の見通しがないとき、その他これに準ずる事情があるときになされたものではないから、所得税法六四条二項の要件を満たさないものである。
よつて本件処分には控訴人が主張する違法はないから、本訴請求を棄却した原判決は相当であり、本件控訴は理由がないので棄却することとし、控訴費用につき行訴法七条、民訴法八九条に則り主文のとおり判決する。
(裁判官 乾達彦 緒賀恒雄 馬渕勉)
別表<省略>
原審判決の主文、事実及び理由
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は、原告の負担とする。
事実
第一当事者の求める裁判
一 原告
訴外東山税務署長が、昭和五四年七月二三日付でした原告の昭和五二年分所得税の更正処分及び過少申告加算税賦課決定処分(東山税務署長の異議決定によつて一部取り消された後のもの・以下本件処分という)のうち、分離長期譲渡所得金額六七〇万七四八七円を超える部分及び過少申告加算税賦課決定の全部を取り消す。
訴訟費用は、被告の負担とする。
との判決。
二 被告
主文同旨の判決。
第二当事者の主張
一 当事者間に争いがない事実
次の事実は、当事者間に争いがない。
(一) 原告は、昭和五三年三月一四日、東山税務署長に対し、昭和五二年分所得税の確定申告をしたが、その内容、その後の経過及び本件処分の内容は、別表1記載のとおりである。
本件の争点である後述の原告の訴外合資会社大石天狗堂(以下大石天狗堂という)に対する求償権の放棄に基づく分離長期譲渡所得金額をのぞくその余の分離長期譲渡所得金額の計算は、次のとおりである。
<1>譲渡価格
(円)
<2>取得費
(<1>×五%)(円)
<3>譲渡費用
(円)
<4>特別控除
(円)
<5>譲渡所得金額
(<1>―<2><3><4>)(円)
六五四三万八六一一
三二七万一九三〇
七四二万九八九一
三〇〇〇万
二四七三万六七九〇
(二) 原告及び原告の兄訴外前田正文(以下原告らという)は、昭和五二年六月一七日、別紙目録記載の不動産(以下本件不動産という)を、京都市山料区音羽千本町二九番地訴外高木康之亮外三名に総額九九一四万九四一〇円で売却した。
原告は、同年分の確定申告に際し、本件不動産の譲渡所得について、所得税法六四条二項(保証債務を履行するための資産の譲渡)の特例規定を適用し、保証債務の額一八〇二万四七一三円を、また、租税特別措置法(以下措置法という)三五条一項(居住用財産の譲渡所得の特別控除)の特例規定を適用し、特別控除三〇〇〇万円をそれぞれ譲渡所得の金額から控除して、分離長期譲渡所得の金額を六七〇万七四八七円として申告した。
東山税務署長は、右譲渡所得について調査したところ、保証債務のための譲渡ではあるが、求償権を行使することができないとはいえなかつたとして所得税法六四条二項の規定の適用を否認し、分離長期譲渡所得金額を三〇六〇万五七九九円(異議決定による一部取消後の額は、二四七三万六七九〇円)とする本件処分をした。
(三) 原告の兄前田正文が代表取締役、原告が専務取締役をしている同族会社である大石天狗堂は、昭和五二年三月に融通手形の決済不能に陥り、同月一八日、和議開始の申立をすることとなつた。
和議開始の申立があつたことにより、大石天狗堂へ金銭を貸し付けていた金融機関は、その連帯保証人となつていた原告らに保証債務の履行を要求し、原告らは、本件不動産を売却し、その譲渡代金の一部でもつて右保証債務を履行した。
そして、原告は、昭和五三年三月一三日、主たる債務者大石天狗堂に対し、前記保証債務の履行により生じた求償権の放棄を通知し、同月一四日、所得税法六四条二項を適用して確定申告書を提出した。
(四) 大石天狗堂の経理内容は、別表2、3記載のとおりである。そして、大石天狗堂の借入金の状況は、別表4記載のとおりである。
二 本件請求の原因事実
(一) 東山税務署長が、所得税法六四条二項の規定の適用を否認したうえした本件処分は、違法である。
(二) そこで、原告は、被告に対し、本件処分のうち請求の趣旨一項掲記の範囲を超える部分の取消しを求める。
三 被告の主張
(一) 原告の大石天狗堂に対する求償権の行使は、次の理由によつて可能であるから、所得税法六四条二項を適用する場合に当たらない。すなわち、
(1) 原告の保証債務の履行は、大石天狗堂の経営悪化によるものではない。
原告らが保証債務の履行をした直接の原因は、大石天狗堂が訴外株式会社直外朱竹の会(以下朱竹の会という)等と交換しあつていた融通手形が不渡りになつたことによるものである。大石天狗堂は、朱竹の会等と融通手形を交換しあつていたところ、これらの融通手形交換先の倒産により、交換先から受け取り割引に回していた右手形並びに大石天狗堂が振り出していた手形の決済を迫られることになつたのであるが、これらは全く予期しない計算外の手形の決済だつたため、各手形の支払期日までにその決済資金を捻出することができなくなつた。そして、そのことにより不渡処分が発表されることとなると、債権者による独自の債権回収が行われ、倒産の事態になりかねないため、大石天狗堂は、和議の申立て、会社財産の保全処分の申立てを行つた。
ところが、金融機関から資金を借り入れた際の金銭消費貸借契約証書には、和議開始の申立て等があつた時は、直ちにその債務を弁済することと定められていたため、金融機関はその債務の弁済を要求し、債務者である大石天狗堂の連帯保証人となつていた原告らは、個人資産を売却してその履行をした。
このように、和議の申立ては、一時的、突発的な原因による資金不足によつて会社が倒産することを防ぐためになされたのである。そして、原告らの土地譲渡による保証債務の履行は、和議の申立てを原因とする金融機関からの一括弁済を迫られたことによる。
(2) そうしてみると、大石天狗堂の状態は、原告らが求償権を放棄しなければならない状態ではなく、原告らは、大石天狗堂が継続する限り、今後原告らからの長期借入金として大石天狗堂に対し、将来にわたつて返済を求めていけばよかつたのである。
(3) 事実、別表3により大石天狗堂の売上状況をみても、保証債務履行前の昭和五一年三月三一日事業年度期まで順次売上げが増加し、各期の損益についても損失が減少し、昭和五一年三月三一日事業年度期に至つては利益が生じている。
また、求償権放棄後の昭和五三年四月一日から昭和五六年三月三一日までの各事業年度期においても売上げが増加すると共に損失が減少しており、昭和五六年三月三一日事業年度期に至つては大幅な利益を計上している。
これら一連の業績好転の大きな原因となつたのは、昭和五〇年に意匠登録をした女児玩具「ておりプチ」のヒツトによる順調な売行きであり、保証債務を履行した時点及び求償権を放棄した時点では、既に売上実績が上がりはじめており、その後も更に売上げが伸びることは十分予想ができた。
このことは、和議申立書の中にも、右玩具の売上げが期待されるので、適当な支払いの猶予があれば再建も可能と述べられている。
求償権放棄の時点では、会社業績が確実に伸びる商品が開発されており、原告の求償権についても、一括弁済を受けることは無理でも長期的な借入金返済と同様の方法をとれば、当該求償権の行使は可能であつた。
(4) 和議認可の決定で定められた和議条件を見ても、一部返済の猶予はしてもらつているが、全額弁済は行うわけで、和議の場合に通常見受けられる債務の一部支払免除がない。
大石天狗堂の和議申立ては、単なる支払猶予をしてもらうためのものであり、支払猶予によつて債務の全額弁済が可能であるというのであれば、原告は、その求償権を放棄することなく、その返済を待つべきである。
(5) 大石天狗堂は、和議認可決定(昭和五三年一月二四日)の六か月後の昭和五三年七月三一日、訴外京都中央信用金庫十条支店から三〇〇〇万円(昭和五四年三月三一日現在の残二七〇〇万円―別表4)の新規借入れを受け、更に、別表4のとおり昭和五五年三月三一日現在の国民金融公庫からの借入金の残高は、昭和五四年三月三一日現在の六〇万円から四〇〇万円へと増額されており、また、それらはいずれも毎期徐々に返済していることがわかる。
一般に、金融機関が融資をするにあたつては、相手方の営業状態、財務内容及び信用状況等を綿密に調査して回収見込みのある健全な企業に限つて融資を行つていることからも、大石天狗堂は、安定した企業内容を保持していたものということができる。
また、和議申立前の大石天狗堂の取引先は、その後も変わることなく取引を行つており、営業面における信用も安定を保つているといわねばならない。
(6) また、大石天狗堂は、前述したように昭和五一年三月三一日事業年度期及び昭和五六年三月三一日事業年度期に利益を計上しており(別表3参照)、また、別表2のとおりいずれの期にも債務超過の事実はない。
別表2の「<7>流動比率」及び「<8>当座比率」は、企業の短期的な支払能力を表わす基本的比率で、前者は企業財政の流動性を示すものでこの比率が高い程支払能力があるということであり、また、後者は、短期負債に対し、極めて短期間に現金化して支払手段となり得る資産の占める割合である。
しかして、大石天狗堂のいずれの比率をとつても、原告らが保証債務の履行に伴う求償権の放棄をした昭和五三年三月三一日事業年度期を底として、毎期向上し安定した指数を示している。
流動比率=流動資産(注<1>)/流動負債(注<3>)×100
当座比率=当座資産(注<2>)/流動負債(注<3>)×100
注<1> 流動資産とは、現金化、費用化しやすい資産であり、大石天狗堂の場合、現金、預金、受取手形、売掛金、棚卸資産、短期貸付金、未収入金などである。
注<2> 当座資産とは、現金、預金及び売上債権などのように短期間に現金に換えることができる資産である(流動資産から棚卸資産を減じたものである)。
注<3> 流動負債とは、支払手形、買掛金、短期借入金、未払金、未払費用、預り金、仮受金などの短期負債であつて一年以内の短期間に返済ないし支払わねばならない負債である。
(7) 以上の次第で、保証債務の履行に至つた経過、その内容や求償権放棄時及びその前後の大石天狗堂の経営状態、財産状態を検討した結果、大石天狗堂に対して求償権を行使しても、その目的が達しえないとは到底いえない。
そうすると、原告の求償権の放棄について、所得税法六四条二項の適用を認めることは無理である。
(二) このほかの原告の昭和五二年分の所得金額の計算については、争いがないから、本件処分は、正当であり、取り消されるべき瑕疵はない。
四 原告の反論
(一) 所得税法六四条二項は、その適用要件について、求償権を行使することが「できないこととなつたとき」と定めているだけで、いかなる状態を求償権行使不可能というかについては、税法はなんらの定めもしていないから、社会通念によつてこれを解釈せざるをえない。
そうだとすれば、求償権行使不可能の状態とは、主たる債務者について、求償権を行使してもその目的を達せられないことが確実となつた場合にかぎらず、主たる債務者の破産等の決定的な状態だけでなく、事業の継続中であつても、事業の再建の見通しがないことその他これに準ずる事情の有無にかかわらず、相当期間債務超過が継続するような場合、その相当期間を現況において通常予測しうる将来のある一定期間を想定してその期間に求償権行使が不可能と認められるときも、求償権行使不可能というべきである。
(二) 大石天狗堂の昭和五三年三月末日現在の借入金は、約三〇〇〇万円である。そのうち、長期借入金は、約二六〇〇万円強である。その弁済のために、何年間を要するかを検討してみると、売上総利益から販売費、一般管理費を差し引いた残額、すなわち、営業利益全額を弁済に振り向けたと仮定しても、更に相当希望的観測を加え、売上総利益増大、販売費、一般管理費の減少に努力したと仮定しても、五年や一〇年では、完済できないことが明らかである。現実には、当時の借入金の利息、割引料は、約四百数十万円を計上しているので、その支払も当然考えなくてはならないのであるから、到底、五年や一〇年では、本件求償権の行使が可能な状態、すなわち、原告の求償債権の弁済期の到来は、全く予想されないというべきである。
現に、大石天狗堂は、現時点においても、仮に原告が求償権を有していたとしても、その弁済期さえも到来していない状態である。
(三) 昭和五六年四月一日以降の事業年度期における大石天狗堂の資産・負債の各期末残高は、別表5、6のとおりである、別表2ないし6を検討すると、順次売上が増加し、各期の損益も、損失が減少しているとはいえず、むしろ、売上げについては、一、二の事業年度を除いて横這い状態で、物の値上がりを考えると実質は売上げ減といつてよく、さらに各期の損益についても、一、二の事業年度以外は、損失は増加しているといつても過言ではない。むしろ、利益がなく損失が続いていること自体、大石天狗堂の状態は、本件求償権を長期借入金の返済と同様な方法で行使することが可能であつたなどといえなかつた証左である。
(四) 大石天狗堂は、和議認可決定後に、金融機関から新規借入をなし、これを毎期徐々に返済しているが、これは、原告らが、大石天狗堂の金融機関に対する債務を個人財産を処分して全額返済し、売却代金のうち、かなりの額については、大石天狗堂に投入して長期貸付金処理をし、かつ、約三六〇〇万円の本件求償権を放棄するなどの誠意ある態度を示し、大石天狗堂の営業状態、財務内容等の健全化に努めたからにほかならない。
(五) 大石天狗堂の短期的な支払能力を表わす流動比率及び当座比率についての指数は、被告の主張どおりであるが、右指数は決して安定した数字ではない。通常、流動比率は二〇〇パーセント、当座比率は一〇〇パーセントで安定したものとされているからである。それはともかくとして、一般論としても、大石天狗堂の場合も、右流動比率及び当座比率で、短期的な支払能力は安定とまではいかず、どうにかその能力があるといえたにすぎず、これをもつて、本件求償権を長期借入金と同じ方法で行使することが可能であつたとは、到底いえない。
(六) また、大石天狗堂は、和議で、「ておりプチ」の将来性を述べ、原告らの本件求償権の支払猶予をしてでも、その成立を希望し、再建を希求したのも事実である。これは、大石天狗堂としても当然のことであり、原告は、本件求償権の支払猶予だけではなく、その求償権の放棄をしてでも、この再建を望んだのである。それは、もはや原告ら自らのためのみではなく、債権者及び従業員、ひいては社会全体のためでもあつた。したがつて、大石天狗堂の和議手続の段階で若干希望的な意見が述べられたからといつて、原告らが本件求償権の行使をしても、大石天狗堂がこれに応じられるだけの経営状態、財産状態であつたと原告自身是認したとか、客観的にそうであつたとは、いえない。
(七) 「ておりプチ」は、その業績が極めて良好で、大石天狗堂の再建に多大なる寄与をし、このため、当初の目的どおり大石天狗堂は再建したが、このことは、直ちに将来とも大石天狗堂が安泰で健全経営を維持できるということを意味するものではない。まして、これのみで、本件求償権の行使が可能な状態になつているなどという状態ではない。
周知のように、「おもちや」業界では、次々にヒツト商品を開発していかなければならず、ヒツト商品も数年でその生命が尽きるのである。「フラフープ」とか「ダツコチヤン」の例を考えれば明らかである。大石天狗堂は、「ておりプチ」で何とか和議会社を再建しつつあるというのが現状である。
(八) 大石天狗堂の流動比率及び当座比率は、前述したとおりで、短期的な支払は可能であるが、もし、右比率が現在以上に低くなれば、それは、もはや、短期的な支払さえ不能の状態ということになる。ところが、企業の安全性を測る目安として、種々のものがあるが、その代表的なものとして、自己資本比率と借入金月商倍率を、大石天狗堂について検討してみる。
大石天狗堂の自己資本率は、最低約五・八パーセントから最高約二〇・六パーセントである。また、借入金月商倍率は、最低月商約一二〇〇万円の事業年度で約二・五、最高月商約一七五〇万円の事業年度でも、それほど変りがない。この数字には、本件求償権は含まれていないが、これを含めると右数字はさらに悪化する。借入月商倍率は、六か月分を超えるであろう。
企業の安全性上、普通、自己資本比率は、二五パーセント、借入金月商倍率は、一・五パーセントとされているが、大石天狗堂の場合、本件求償権を長期借入金に算入しない場合でも、右各比率より悪化しているが、仮に本件求償権を長期借入金に算入した場合、右各比率は、到底、企業の存続を許す数字ではない。原告の本件求償権の行使が不可能な所以である。
第三証拠関係<省略>
理由
一 本件の唯一の争点は、原告がした本件求償権の放棄が、所得税法六四条二項にいう「求償権の全部又は一部を行使することができないこととなつたとき」に該当するかどうかであり、その他の原告の昭和五二年分の所得金額の計算は、当事者間に争いがない。
二 さて、所得税法六四条二項にいう「求償権の全部又は一部を行使することができないこととなつたとき」とは、求償権行使の相手方である主債務者が、倒産して事業を廃止してしまつたり、事業回復の目処がたたず、破産もしくは私的整理に委ねざるをえない場合は勿論のこと、主債務者の債務超過が著しく、その状態が相当長期間にわたつて継続することが予測されるため、求償債務の弁済の見込みがない場合、又はこれらに準ずる場合であつて、そのことが、求償権放棄の際、主債務者の経理内容から客観的に確実となつたときを指称すると解するのが相当である。
三 そこで、この視点に立つて本件を観る。
(一) まず、当裁判所が昭和五三年一月二三日、大石天狗堂に対してした和議認可の和議条件は、昭和五八年四月三〇日までに、届出債権の総額金八七三九万一六六四円の元本額全額を分割弁済し、利息、損害金の免除を受けるというものであり、大石天狗堂は、この和議条件を履行したのである(成立に争いがない甲第六号証及び証人前田俊行の証言によつて認める)。
このことは、大石天狗堂の経理内容が、和議認可後も比較的良好であることの証左である。
(二) そこで、和議認可前後の昭和五三年から昭和五八年までの大石天狗堂の経理内容を、別表2ないし6(別表5、6の記載内容について、被告は明らかに争わないから自白したものとみなす)でみると、昭和五五年四月一日から昭和五六年三月三一日までの事業年度では、金七五四万二三八六円の利益を計上している。しかし、その後二年間の事業年度では、約金二二二万円、約金三〇五万円の損失となつている。
このことは、大石天狗堂の営業は、順調であるということを示しており、その損失は、取るに足らないものである。
また、大石天狗堂の資産と負債とを対比したとき、債務超過の状態にはない。
大石天狗堂は、昭和五四年三月三一日現在金二七〇〇万円を、訴外京都中央信用金庫十条支店から借り入れている。勿論これには、大石天狗堂の社屋の土地(原告個人名義)を担保に供したことがある(前田証言二二丁によつて認める)。
しかし、和議認可中の大石天狗堂に対し、金融機関が多額の融資をしたということは、金融機関である京都中央信用金庫が、大石天狗堂の営業内容を良好であると判断したからである。
そうして、大石天狗堂は、和議認可後の借入金を、順調に返済している(別表4参照)。
(三) 原告らは、本件不動産の売却代金のうち、手数料などの経費を控除し、立退費用にその一部を支弁し、残りを、保証債務の履行に充てて大石天狗堂に対し求償権を取得するとともに、大石天狗堂に前田正文が八五六万五七七九円原告が一六六二万七六八八円を貸し付けた(原告本人尋問の結果によつて認める)。
別表4によると、原告らのこの貸付金は、年々弁済されて減少していつている。そして、原告らは、この貸付金に対し、利息の支払まで受けているのである(成立に争いがない乙第二ないし第七号証、証人今井滋の証言によつて認める)。
(四) 原告らが、個人所有財産の処分をしてまで大石天狗堂の債務を整理したのは、大石天狗堂が原告らの同族会社であつたからではあるが、原告らは、債務の支払猶予を認めた和議認可さえあれば、大石天狗堂は立ち直れるものと考えていた。その理由として、昭和五〇年一一月から販売をはじめた女児玩具「ておりプチ」の予想外の売行きを挙げることができる。そして、原告らは、和議認可前に確定的に求償権を放棄する意思をもつていたわけではなかつた(成立に争いがない甲第一号証、同第四号証によつて認める)。
それにもかかわらず、原告らが和議認可直後求償権を放棄し(甲第一四号証参照)、求償権を長期貸付金としなかつたのは、顧問税理士が、求償権を放棄して所得税法六四条二項の適用を受ければ節税になるとすすめたからである(証人前田俊行の証言、原告本人尋問の結果によつて認める)。ということは、原告らは、大石天狗堂が、債務超過が著しいとか、事業継続が不可能の状態にあるから、仕方なく求償権を放棄したのではなく、もつぱら、分離長期譲渡所得課税を免れるための方便として求償権を放棄したまでである。
(五) まとめ
このようにみてくると、原告の本件求償権の放棄が、所得税法六四条二項に該当するとするのは、到底無理である。
四 むすび
本件処分には、原告が主張する違法の点がないから、原告の本件請求は、失当として棄却を免れない。そこで、行訴法七条、民訴法八九条に従い、主文のとおり判決する。
別表1~6及び別紙目録<省略>